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高松高等裁判所 昭和36年(ラ)93号 決定

抗告人 申請人 仲井雪治

訴訟代理人 佐竹晴記

相手方 被申請人 岡静子

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は「原決定を取消す、別紙目録記載の不動産に対する相手方の占有を解き抗告人の委任する高知地方裁判所所属執行吏に保管を命ずる、右執行吏は現状を変更しないことを条件として抗告人に右物件の使用を許さなければならない」との裁判を求めた。その抗告の理由は別紙「抗告の理由」のとおりである。

当裁判所が、記録にあらわれた疏明によつて認定する事実は原決定の記載と同一であるからここに右記載を引用する。

抗告理由第二点について。

いわゆる占有回収の訴は占有という事実的支配状態をそのあるがままに保護することを目的とするもので、占有が侵奪されてそこに暫時の間秩序が撹乱された状態が生じたときにその撹乱の原因を問うことなくともかく一応前の秩序を回復させる制度であるから、それは原則として私人間の占有侵奪についてのみ適用があるものというべきであつて、強制執行という社会的に公認された方法による占有侵奪についてはたとえ後になつてその執行の違法であることが明らかになつた場合においてもそれが著しく違法性を帯びてもはや社会的に公認された執行というにたえないものでない限り適用されないものと解するのが相当である。

本件においては前認定のように、相手方(競落人)の引渡命令による執行によつて抗告人(物件所有者)が本件(抵当)不動産の占有を奪われた後に、かねて抗告人が右執行について申立てていた執行方法の異議事件の抗告審において、相手方が右引渡命令の執行に著手してから本件不動産を抗告人に売渡したことを認め「右売買によりもはや執行手続のなかで相手方のために簡易迅速な引渡方法を認めて相手方を保護する必要はなくなつたからたとえ右売買が解除されても右引渡命令による執行を続行することは許されない」という裁判がなされた。当裁判所も右抗告審と見解を同じくし、抗告人は相手方の違法な執行により占有を奪われたものと判断する。しかしそれにもかかわらず、抗告人は相手方の右占有侵奪に対して占有回収の訴によつて救済を求めることはできない。かかる場合右執行はいまだ前記の強制執行というに価しない程までに著しく違法性を帯びていわば私人の実力による占有の奪取と同一視すべきものとまでは認めがたいからである。(なお本件では論旨のいうように引渡命令が効力を失つたと認定された後に相手方がその引渡命令を有効なもののように装つて執行したものではない。)

さらに抗告人は「相手方は本件の引渡命令による執行はしないと確約したのにかかわらず執行をした」旨主張し、かかる確約があつたとする証明書(疏第三号)があるが、それによつても右約旨が本件不動産の売買契約の存続している間執行しないことを約したばかりでなく右売買が解除された場合を含めていかなる場合にも一切執行をしない趣旨であるとは認めがたいので、右売買契約の存続中はともかくそれが解除された後のこととしては右確約違反の主張は採用できない。したがつて本件執行がこの点において著しく違法性を帯びて前記例外の場合にあたるとすることはできない。

要するに抗告人には占有訴権が認められない。論旨は理由がない。

第三点について。

冒頭認定の事実によれば、原審が本件不動産の売買契約が相手方によつて解除されたと認めたのは相当である。抗告人はその所有権を主張することはできない。

本件不動産の昭和三五年度分固定資産税についてはむしろ抗告人に納税義務があると解されるから(地方税法第三四三条第三五九条参照)たとえ相手方が抗告人との約定を履行しない場合でも抗告人は先ず自ら納税をして滞納による差押をうけないようにすべきであつて(相手方との関係は抗告人の代金債務から差引くこともできる)、それをしないために滞納による差押を受けたからといつて相手方に責任を転嫁することはできない。論旨は理由がない。

第一点について。

叙上のような認定、判断からすれば、抗告人の本件仮処分の申請は、占有回復請求権にもとずく場合もまた所有権にもとずく場合もともに認容しがたい。右申請は却下されざるをえず、原決定の判断に違法はない。

論旨のいう執行しない確約について原決定は判断を明らかにしていないが、前記のとおり右確約は認められないから論旨を排斥する結論に影響しない。

第四点について。

当裁判所は上述のように本件不動産の売買が解除され抗告人はその所有権を失つたことを認定したので、右解除が認められず抗告人が依然として所有者であることを前提とするこの論旨はもとより採用の余地がない。

第五点について。

原審は昭和三六年一一月二五日の更正決定により論旨のように原決定を更正したから、もはや論旨は抗告理由としては採用しがたい。その他原決定には違法の点はなく、その判断は正当であり、本件抗告は理由がない。よつて抗告費用について民事訴訟法第九五条、第八九条を準用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡辺進 裁判官 水上東作 裁判官 石井玄)

目録

高知市農人町字農人町四八番

一、宅地 四三坪

同所同番地上

家屋番号同町四一番

一、居宅 木造瓦葺平家建 一棟

床面積 一九坪七合九勺

一、浴室 木造瓦葺平家建 一棟

床面積 二坪八勺

抗告の理由

一、申請の事由は原決定摘示の申請の理由並に昭和三十六年十月二十七日付追申書記載追申事実の通りである。この申請事由に対し申請の趣旨通り仮処分決定を与えるが相当であるにかかわらずこれを却下したのは失当である。殊に右追申書記載の事実に対して何等の判断が与えられていないのは違法である。

二、原決定は本申請を却下する理由として、「そこで申請人が本件物件につき占有回収請求権ありや否やを検討するに云々、仮りに抗告審決定に示されているとおり、被申請人の本件物件に対する執行は不当執行であるとしても被申請人において執行手続により適法に占有を取得したものであつて申請人の占有を奪つたことには当らない云々、ただ例外的に占有を得べき者が故意に執行機関に虚偽の申立や疏明を提出するなどの欺罔行為により占有を得た場合には国家の執行行為に藉口して占有を奪うもので私人が占有を奪つた場合と同様に考えて然るべきで、かかる場合まで社会的公認された占有の侵奪として保護すべき何らの理由は存しないからである。従つて本件の如き被申請人が裁判所を欺罔して執行したものとは認められない以上もはや占有回収の請求権はなく云々」と、説示されている。しかるに本件申請は被申請人が高知地方裁判所昭和三五年(ヲ)第九五号の競売による引渡命令に基づき強制執行により本件物件の引渡しを受けたけれども、その強制執行に対しては申請人より異議の申立を為し、高知地方裁判所では却下されたが抗告の結果高松高等裁判所において「原決定を取消す、高知地方裁判所昭和三五年(ヲ)第九五号事件の不動産引渡命令に基づく執行は許さない」と、決定されたので、その引渡命令による執行の結果を排除し原状回復請求を為すにあり、右高等裁判所の決定は要するに右引渡命令による執行が違法であることを認められたのであるから、その執行による占有権の取得は、私人が占有を奪つたと異るところはないから、その占有回復を求め得るのは当然であると思う。特に右高松高等裁判所の決定においては右引渡命令のあつた後、申請人と被申請人との間に新たに売買契約が成立したので前の引渡命令はその効力を失つたものであることを認定されているので被申請人はその後その無効に帰した引渡命令では執行吏に執行委任できないにもかかわらず、恰もその引渡命令が有効に存続するものの如くにして、執行申請をしたのであることが明らかであるから前記原決定説示の趣旨に徴しても申請人に原状回復請求権が存するものといわざるを得ない。なお申請人は前記の通り追申書によつて「被申請人と申請人との間に本件不動産につき大野公証役場において売買契約証書作成の際被申請代理人である同人の夫が本件不動産競売による引渡命令の権利は抛棄し、これによつて強制執行はしないことを確約した。よつて、その無効に帰した引渡命令は行使できないのにこれを悪用し情を知らない執行吏をして執行せしめたもので、被申請人の所為は不正侵奪であるからその占有回復を請求する」旨を主張し、かつ、これを疏明したにもかかわらず、原決定は、その申立を摘示せず何等の判断をも加えなかつたもので、到底承服することはできない。

三、ついで原決定は「申請人が本件物件の所有権を有するかどうかにつき考察するに、本件売買契約の解除は催告期間についても相当と認められ適法に解除されたものと認められる、ただ固定資産税の点については単に税の負担を当事者間において公平の上から定めたものに過ぎず、金額も僅少であり、たまたま申請人がこれを怠つたとしても同時履行の抗弁が立つものでなく売買代金の支払を拒否しうる事由とはなりえない。また申請人が差押えをうけた結果金融の当てを失つた旨の主張は何某といかなる交渉があつたか具体的事情につき疏明がなく信用し難い。従つて申請人が本件物件につき所有権を有するものとは認めない」と、説示されたが、本件売買契約の解除の当否は相当むつかしい問題であつて、原決定が説示する如き、さように簡単な断定のできる問題ではない。前叙高松高等裁判所が競売による引渡命令に基づく強制執行はこれを許さないと決定されたときも契約解除の問題が争点となつていたが、その抗告審決定においては契約解除の当否についてまでは判断されず本件の争いで決すべきものとしてこれに譲つていることはその決定自体明白であつて、今回の右決定で「催告期間においても相当と認められるから解除は適法になされたものと認める」と、断じたのは余りにも軽薄である。また、本件売買契約による代金支払いは、申請人が他より金融を受けて代金を調達しなければならないことは被申請人もよく承知の上のことであつたところ、約定により被申請人が支払うべき本件物件の固定資産税を怠つたため、申請人が差押えを受けたことは原決定も認めるところであり、金融を受けようとする者が差押えを受けたらその途が梗塞されるに至ることは自ら明かなところであるから、この被申請人の契約違反により申請人が履行遅延に陥つたことは、被申請人の責任であつて、申請人の責に帰すべき事由によつて不履行になつたのではないから、この履行遅延によつて契約を解除することは許されないところである。前記高松高等裁判所の前の抗告事件においても、この点に対する決定的判断を避けたのは由あることといわねばならない。なお申請人が当時いかなる金融を受くべく交渉中であつたかについては、本件抗告審で十分疏明いたしたい。

四、さらに原決定は「仮りに右解除の効なく、申請人に所有権が認められるとすると、審訊の結果によれば申請人の夫仲井兼熊が高知市内の繁華街で建坪拾五坪程度の建物を借受け、スタンドバーを経営しているところ申請人は現在その一隅に居住していることが認められる。その生活状態は従前に比較して不自由はあるとしても居所不定で、その上貧困のため到底耐えがたいような環境にあるとは考えられず、いわゆる執行という強力な仮処分を求める必要性にとぼしいものと思料される」と、説示されたが、右夫仲井兼熊経営のスタンドバーは、単に店舗だけで、その店には居住に適するような設備をする余裕はなく畳一枚さえも敷いておらず、何人もそこには居住していない。さればこそ、原決定摘示の通り、前記無効に帰した引渡命令で明渡しの執行を受けて以来申請人等は友人である尾立優子方、湯浅孝子方へ転々として寄寓し、また、高知市帯屋町二二番地石黒勝喜方一隅僅かに畳二枚敷を一時借用(昨月二十五日まで)していることは審訊の結果明白であるから、原決定は全く事実を誤認した失当のものである。

五、原決定説示中「被申請人が本件物件を申請人に代金一五〇万円にて売渡した」と、あるのは「代金一一五万円」の誤りである。

以上の次第であるから原決定を取消し申請趣旨通りの仮処分決定を仰ぐ次第である。

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